歴史が変わる!?青森県三戸郡「新郷村」に残るイエス・キリストの墓

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青森県三戸郡新郷村大字戸来字野月には、「イエス・キリストの墓」と、弟の「イスキリの墓」と言われるものが残されています。青森県には数多くの不思議な場所がありますが、特にキリストの墓は断トツのミステリースポットです。

住所に残っていますが新郷村は旧・戸来村であり、この戸来(へらい)がヘブライから来ているとも言われ、しかも戸来の名称は鎌倉時代まで遡るのです。今回はこの不思議な場所を紹介します。

岡の上のキリストの墓

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大きい駐車場から坂道を上って約5分で「キリストの墓」に到着します。坂道はゆるい傾斜なので、楽に登ることができます。

裏手は公園

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敷地の裏手からも登ることが可能で、こちらは公園として整備されています。川が流れ、様々な草花を楽しむことができます。登りと下りを別々にすると面白いでしょう。

発見の経緯と新郷村の古い習慣

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発見は昭和の初め頃まで遡ります。本業が画家である鳥谷幡山が日本のピラミッド調査のために、この地を訪れます。昭和10年のことです。ピラミッドについてはキリストの墓から十和田湖方面に6km程進むと、「大石神ピラミッド」と「上大石神ピラミッド」と呼ばれる場所が現在もありますが、鳥谷幡山はここがピラミッドであると指摘し、しかも造られたのは5万年前としたのです。

鳥谷幡山に同行していたのは、竹内巨麿(たけうちきよまろ)と言われる天津教の教祖でした。彼は天津教の古文書とされる「竹内文書」により、古文書と照らし合わせた結果、ここがイエス・キリストの墓だと発表したのです。当時は大論争となったそうです。

新郷村には以下のような不思議な習慣が古くからあり、キリスト教との関係を示しているとされてきました。

・旧家の家紋が六芒星に似ている。
・生まれた赤ん坊の額に十字を書く。
・赤ん坊を初めて外に出すとき額に十字を書く。
・父をアヤ(アダ)、母をアバ(ガガ)と呼んでいた。

友好の石碑

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2004年にはイスラエル東部のエルサレム市と、新郷村の「友好の証」として石碑が寄贈されており、そこには日本語、英語、そしてヘブライ語が刻まれています。エルサレムは、中東の重要な主教座聖堂となる聖ジョージ大聖堂やダビデ王の墓、そしてキリストに関わる旧跡が数多くある場所です。

なぜ二つの墓があるのか

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現地の説明には以下の通り書かれています。

「古文書によると、ゴルゴダの丘で磔刑に処されたのは弟のイスキリであり、キリスト本人は日本に渡り、ここ新郷村で106才の天寿を全うしたというのです。向かって右側がキリストの墓“戸来塚”、向かって左側が弟イスキリの墓“十代塚”と言われています」

毎年6月にキリスト祭が行われます。これは慰霊祭という位置づけであり、その言葉がヘブライ語に似ているとされる「ナニャドラ」の唄と踊りが奉納されるのです。

アメリカで昭和35年に亡くなった川守田英二牧師が、ナニャドラはヘブライ語に似ていると指摘し、彼は書簡で戸来村にその旨を伝えています。牧師はアメリカで著名な人物でヘブライ語研究の第一人者でした。

昭和9年、ウェストミンスター神学大学から名誉神学博士号を授与。昭和11年にサンフランシスコ日本人教会の牧師、昭和15年にはサンフランシスコ神学大学から聖書学博士号を受けています。

「キリストの里伝承館」

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二つの墓の左奥には「キリストの里伝承館」があり、休憩することが出来ます。ここではお土産品の販売の他に、体験コーナーとして、古い衣装をまとった写真撮影、手打ちそばを楽しむことも出来ます。

最後に

キリスト教伝来のはるか以前にキリスト本人が来日し、長寿を全うしたという伝説の場所。これを機会に、新郷村のミステリースポット「キリストの墓」に足を運んでみませんか?

新郷村役場ホームページ
http://www.vill.shingo.aomori.jp/07sight/sight-christ.html

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2016年2月25日

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