知られざる紅葉の裏名所、川越「中院」は歴史の宝庫

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小江戸、蔵の街として名高い観光地川越で、全国的に有名な喜多院の南にあるのが「中院」。

喜多院とは規模は比べるべくもありませんが、かつては喜多院(北院)を凌ぐ格式を持っていた閑静で趣のある寺院です。桜の名所として知られていますが、実は秋の紅葉は知る人ぞ知る穴場的名所です。島崎藤村との所縁が深く、日本三大銘茶の狭山茶発祥でもある中院で、しっとりした秋の絶景と共にその歴史をご紹介いたします。

川越の中心的寺院

「中院」は、川越市小仙波町にある天台宗の寺院で、正式名称は星野山無量寿寺中院。平安時代、円仁(慈覚大師)により建立されました。当時の無量寿寺には仏蔵院(北院)、仏地院(中院)、多聞院(南院)が存在し、江戸時代前までは中院が無量寿寺の中心的な役割を担っていました。

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江戸時代になり天海僧正が無量寿寺仏蔵院(北院)の住職となり《喜多院》に改名し、喜多院境内に仙波東照宮を建立した際、中院は現在の地に移動し天台宗別格本山中院として独立したのです。因みに現在でも喜多院の正式名称は星野山無量寿寺喜多院で、南院は廃寺となり現在は石仏や墓跡が残されています。

島崎藤村所縁の寺院

中院は島崎藤村所縁の寺院です。藤村の二番目の妻静子が川越市の出身で、中院が義母にあたる静子の母加藤ミキの加藤家の菩提寺であったことから、藤村は夫人と共に何度もお参りしています。また義母ミキとは大変仲が良かったことから、藤村は茶道の師匠であったミキに昭和4年、川越市新富町に茶室を建てて贈呈したのです。

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その後、川越にも開発の波によるマンション建設が決定した為、この茶室を残そうとする有志の努力により、加藤家の菩提寺である中院に移築することとなったのです。移築する際、ミキが茶道の師匠として”不染”と称していたことから、この茶室は「不染亭」と名付けられ、現在も茶会などに使用されています。「不染亭」の前には藤村書の「不染の碑」もあり、川越の貴重な文化財として貴重な茶室です。

狭山茶発祥の地

県民や市民に意外と知られていないのが、この中院が狭山茶発祥の地であることです。

日本茶に関する有名な歌で「色は静岡、香りは宇治よ、味は狭山でとどめさす」という歌があり、狭山茶は日本三大銘茶の一つとして数えられています。

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この狭山茶は、慈覚大師円仁が開山の折に京都から茶を携えて、中院境内に薬用として茶を栽培したのが始まりです。

この茶が「川越茶」として広まり、室町時代には京都・奈良などの最上級茶園に次ぐ地方茶園として大和、駿河などと肩を並べる銘園となり、江戸時代には江戸に近い事もあり、川越藩領の狭山丘陵で大々的に茶の栽培がはじまり、深みのある味わいの「狭山茶」として全国的に著名となりました。

大人のための寺子屋

奈良時代の呪術者役小角が修験道を拓いてから、幾つかの神社仏閣は修験道の霊場となり、多くの修験者が訪れました。そのような歴史の背景のもと、多くの方に寺に通って親しんで欲しいとの願いから始まったのが「大人の寺子屋」。

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2007年から始まったこのイベントは当初檀家の方のみでしたが、多くの方の希望から一般の方も参加できるようになりました。現在は、座禅・写経、茶道、陶芸、墨彩画、仏像彫刻、謡と仕舞の六教室が開かれており、観光客であふれる川越にあって、静かな境内でアートに触れるのも中院ならではの趣と人気なのです。

フォトジェニックな境内

こじんまりとした境内には綺麗に整備された美しい庭園の光景と共に、差し色の様に美しい紅葉を見ることができます。その中で意外と知られていないフォトジェニックなスポットが「不染亭」の真下からの紅葉です。不染亭の玄関と生垣の間の極めて狭い路地なので、意外とここに入れることを知らない方が多いのです。

不染亭の陰と紅葉の陽のコントラストが素晴らしい場所ですので、是非、ここからの紅葉を見てください。

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何度か訪れた島崎藤村も見たかもしれない中院の紅葉。けっして華麗、華美ではありませんが、静かで落ち着いた中院での紅葉狩りは癒しを求めるには最適です。

川越市街の喧騒を離れて、ゆっくりと時間に浸って頂きたい寺院です。

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2016年10月31日

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