不老長寿の大杉と心和む田園風景 佐倉惣五郎の故郷・千葉県成田市をゆく

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不老長寿御利益の大杉がある

今回も、佐倉惣五郎ゆかりの千葉県成田市を歩きます。宗吾霊堂を出て田園地帯をテクテク歩き、麻賀多神社に到着。

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鬱蒼とした森に抱かれた境内に足を踏み入れると、霊気を肌で感じました。この神社は由緒がありそうだと思ったら、なんと今から1700年前、応神天皇の時代に創始したと言われているそうな。その後、推古天皇の時代に、現在の稷山に新たに宮殿を建て麻賀多大宮殿と称されたらしい。

どの神社の由緒にも、古いというキーワードの言い伝えは残されているものですが、こちらの神社にはその生き証人ともいうべき、樹齢1000年とも、1400年ともいわれる大杉が聳え立っているのでした。

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解説板によると、当時植えられた大杉は、現在、その太さ約八メートル、高さ四十メートル余り。最近では特に、不老長寿祈願の御神木として崇拝されているらしい。昔から多くの祈願が行なわれ、大願成就前には梢より霊光が輝き、神のお告げがあるそうなんですよ。

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やはり、不老長寿と聞いては、黙って見過ごして帰るわけにはまいりませぬ。 しっかり、大杉さまに祈願したのでした。ただ、残念ながら、梢より霊光が輝くことはなかったのですが。

義民・佐倉惣五郎の旧宅が今も残っている

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麻賀多神社の近くにある室町時代に開山されたという超林寺にお参りし、いよいよ宗吾旧宅へと向かいます。なんと、佐倉惣五郎の生家が残っているそうなんですよ。しかも、現在も子孫の方たちが住んでいらっしゃるそうです。

細い道をおりてゆくと、左手に「宗吾旧宅」の看板が…。道の傍らには満々と水を湛えた井戸。

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この井戸は、惣五郎が直訴の前に、親子で別れの水盃を行ったときに使用した水を汲んだそうな。

井戸の近くには屋敷森に抱かれるように古い旧家が建っておりました。

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おお、これが義民佐倉惣五郎さまの住んでいらっしゃったお宅なのですね~。同じ敷地に、子孫の方たちの家が建っていたので、中に入るのは遠慮しました。 それにしても、名主さまのお宅としては多少慎ましやかな気も。古民家を見て歩くのも趣味の一つですが、お城の御殿のような名主様の豪邸を見たこともあります。

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やはり、日頃から慎ましやかに暮らしていて、当時の農民たちの苦しみを自分のことのように感じていたのでしょうか。

惣五郎の旧宅の前には、広い田んぼが広がっていました。

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そこから、次の目的地、薬師寺までは見渡す限りの田んぼの中の道を歩いて行きます。あぜ道の傍らには、馬頭観音の石碑が…。

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馬頭観音は、移動や荷運びの手段として使われた馬が急死した路傍などに、動物供養塔として多く祀られたそうですね。もしかして、ここで命を落とした馬もあったのかもしれませぬ。

それにしても、直射日光がすごいのに、日陰がまったくない。紫外線は活性酸素を発生させ、老化を促進すると聞きました。私も、ここで野垂れ死んだら、石碑を立ててもらえるかも。大雪なら、さしずめフランダースの犬の結末でしょうか。

道に迷いつつもようやく薬師寺に到着。

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小さなお寺でしたけど、朱塗りの仁王門の中には鎌倉時代の仁王像と金剛力士像がありました。思ったより小さくて、怖いというよりかわいい印象ですね。

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六地蔵と佐倉惣五郎ゆかりの甚兵衛渡公園

薬師寺から北須賀の六地蔵へ向かいます。お地蔵さまが六体並ぶ「六地蔵」は他でも見ることができますね。仏教では、全ての生命は六種の世界に生まれ変わりを繰り返すという思想があるらしい。

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ちなみに六道とは、天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道。その六道を六種のお地蔵さまが救ってくださるのですか。すると、自分は今、どこの道にいるのですかね。 …と思ったら、仏教ではこれを死後に向かう世界ではなく、心の状態として捉えるそうです。

考えたものの、哲学的思考がまったく得意でないのでよくわかりませんでした。

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俗世に戻って小高い丘のうえの勝福寺からの展望を楽しみ、根山神社にお参りして、最後に向かったのは甚兵衛渡公園。

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今では何の変哲もない公園ですが、ここはかつて水神の森といって、渡し船の船着き場があったそうなんですよ。この渡し場から、佐倉惣五郎は、江戸へ直訴するために舟に乗ったらしい。禁を破って印旛沼の対岸まで送りとどけた渡し守の甚兵衛は、その後、印旛沼に身を投じたといわれています。

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NHKの「おしん」や最近の「坂の上の雲」にも、小船と別れのシーンがありましたね。やはり水と船には、人の琴線に触れる何かがあるようで。悲劇の名シーンですが、伝説だという説もあるそうです。

沼の畔には、後世のものと思われる甚兵衛の供養塔と石碑がありました。現在では、県立印旛手賀沼自然公園の一部の「甚兵衛公園」となっているみたい。 コスモスや菜の花など四季の花々を楽しむこともできるそうですよ。

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2015年10月1日

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