桜も楽しめる河内三太子の一つ、聖徳太子の墓所がある大阪・叡福寺

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”近つ飛鳥”の象徴

飛鳥時代、日本の中心地だった「飛鳥」。飛鳥という地は2ヵ所あると、ここでも何度か書きました。一つ目は、奈良県明日香村にある”遠つ飛鳥”。普通「飛鳥」というと、こちらを連想する人が多いでしょう。

もう一つの「飛鳥」は大阪府の南東部、南河内地方にある”近つ飛鳥”です。難波宮(現:大阪市)から近い方を”近つ飛鳥”、遠い方を”遠つ飛鳥”と呼んでいました。この二つの飛鳥を結んでいたのが、日本最古の官道である竹内街道です。

近つ飛鳥を通る竹内街道(大阪府太子町)

観光地化されている奈良の”遠つ飛鳥”に比べて、大阪の”近つ飛鳥”はあまり知られてませんが、どうしてどうして、大阪の飛鳥も、奈良の飛鳥に勝るとも劣らない歴史的名所なのです。

その象徴的存在が、大阪府太子町にある叡福寺(えいふくじ)です。町名からして、日本史に燦然と輝く飛鳥時代のスーパー・ヒーロー、聖徳太子(厩戸皇子)の名前が入ってますね。

大阪府太子町にある叡福寺の境内

聖徳太子の墓所がある叡福寺

叡福寺は河内三太子の一つで、上之太子(かみのたいし)の異名があります。残る二つの「太子」は、大阪府羽曳野市にある中之太子の野中寺(やちゅうじ)と、大阪府八尾市にある下之太子の大聖勝軍寺(だいせいしょうぐんじ)です。

聖徳太子は生前の620年、この地を墓所に決めたと言います。そして2年後の622年、49歳の時に聖徳太子は亡くなりました。聖徳太子の伯母である推古天皇は、本人の希望通りここにお堂を建てて葬り、それが叡福寺の始まりとされています。

その約1世紀後、奈良時代の724年に聖武天皇が東院と西院の伽藍を整備し、西院を叡福寺と称するようになったということです。

叡福寺の境内の奥、二天門を登った所にあるのが墓所の聖徳太子御廟

重要文化財の多宝塔

叡福寺には、重要文化財の建物がいくつかあり、特に有名なのが聖霊殿多宝塔です。目立つのは多宝塔で、南大門(トップ写真参照)から入ってすぐ左側にあります。

叡福寺は戦国時代の1574年、織田信長によって焼き討ちに遭いました。その時、叡福寺の建物は一つ残らず焼け落ちたと言います。その後、江戸時代の1652年に多宝塔が再建されました。

織田信長に焼かれる以前は、聖徳太子が建てた法隆寺と同じく五重塔だったそうですが、二重塔として再建されたのです。五重塔が残っていれば法隆寺のように国宝となったかも知れないのに、織田信長も罪なことをしたものです。

織田信長に焼かれる前は五重塔だった多宝塔

桜の名所

叡福寺は桜の名所でもあります。境内の至る所に桜が植えられており、4月上旬に見頃を迎えます。歴史散策と共に、春にはぜひ訪れたいですね。

なお、叡福寺は拝観無料です。ただし、聖徳太子に関する数々の資料が展示されている寺宝館は入館料が大人200円、子供100円で、土日祝日のみの開館(9:00~17:00)となっています。

春になると桜が咲き誇る叡福寺

また、毎年4月11,12日は聖徳太子の命日にちなんで、叡福寺大乗会式が行われます。境内には多くの露店が連なり、大変な賑わいとなります。

叡福寺へのアクセス

叡福寺へ行くには、近鉄南大阪線の大阪阿部野橋駅から河内長野・富田林方面行きの準急もしくは急行に乗って約25分、喜志駅で下車します。あるいは、吉野行き急行に乗った場合は古市駅で河内長野・富田林方面行きに乗り換えてください。

喜志駅の東口ロータリーから金剛バス「上ノ太子行き」「太子まわり循環」「葉室まわり循環」のいずれかに乗り、太子前バス停で降りると目の前に叡福寺があります。あるいは、大阪阿部野橋駅から橿原神宮前・吉野方面行きの準急に乗って上ノ太子駅で下車、そこから金剛バス「喜志駅前行き」に乗っても、太子前バス停に着きます。

また、無料駐車場もあるので、そちらを利用するのもいいでしょう。

前述したように、奈良ほど観光地化されていないので、聖徳太子の墓所がある割りには人影も少なく(大乗会式以外)、そこが却って魅力と言えます。今春は、花見も兼ねて(宴会はできませんが)叡福寺で聖徳太子の息吹を感じてみてはいかがでしょうか。さらに、太子町にはまだまだ魅力満載のスポットがあるので、今後も紹介していきます。

重要文化財の聖霊殿

2017年3月29日

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