近つ飛鳥から竹内街道を西へ!河内三太子の一つ、大阪・羽曳野市の野中寺

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河内三太子とは?

日本史に燦然と輝くスーパースター・聖徳太子(厩戸皇子)。その墓所は大阪府太子町の叡福寺にある、とこのコラムでも紹介しました。

大阪府南東部にある叡福寺の周辺を”近つ飛鳥”と呼びます。”近つ飛鳥”と、奈良県明日香村にある”遠つ飛鳥”という「二つの飛鳥」を結んでいたのが、日本最古の官道である竹内街道だったということも、以前にお伝えしました。

今回は、”近つ飛鳥”から竹内街道を西の方へ大きく移動してみましょう。大阪府羽曳野市、府道31号線沿いに野中寺という寺があります。

叡福寺の別名は「上之太子」と言いますが、野中寺は「中之太子」と呼ばれます。大阪府八尾市にある「下之太子」こと大聖勝軍寺と合わせて、この3つの寺を河内三太子と呼びます。もちろん、聖徳太子にゆかりが深いことは言うまでもありません。

野中寺の山門

実は渡来人が建立?

府道31号線は竹内街道の一部ですが、現在は大阪中央環状線と大阪外環状線(国道170号線)を結ぶ重要な幹線道路であり、慢性的な渋滞となっています。田舎風景が広がる叡福寺の近辺に比べると、野中寺の周りは賑やかで、同じ河内三太子でも雰囲気が随分違います。

この一帯は世界遺産登録を目指す古市古墳群となっていて、野中寺から2kmほど東へ行けば応神天皇陵があります。つまり、この辺りは古墳時代から開けた地域です。

野中寺は、蘇我馬子物部守屋を討伐した後、聖徳太子に命じられ学問寺として開基したと伝えられています。しかし、実際には百済(当時、朝鮮半島にあった国)から来た渡来系氏族である船氏の氏寺として建立した、という説もあります。

では、山門から境内に入ってみましょう。拝観料は無料です。山門から真っすぐ延びる参道を行くと本堂があります。

本堂

銅造弥勒菩薩半跏思惟像

野中寺には重要文化財となっている銅造弥勒菩薩半跏思惟像が納められています。白鳳時代(645年の大化の改新以降の飛鳥時代後期)に造られたという貴重な像です。

この像は毎月18日に開帳され、この日のみ見ることができます。この時は拝観料300円が必要です。

本堂の斜め裏にある地蔵堂

ヒチンジョ池西古墳石棺

本堂の近くにはヒチンジョ池西古墳石棺があります。戦後間もない1946年に野中寺の近くから発見され、その後は野中寺の境内に移築されました。

飛鳥時代後期~奈良時代ぐらいの石棺とされ、二上山で採れる凝灰岩を精巧に加工して造られたものだそうです。

ヒチンジョ池西古墳石棺

野々上八幡神社

野中寺は寺なのに鳥居があります。神仏習合の名残りでしょうか。

そして、野中寺の西側には野々上八幡神社が隣接しています。八幡神社(八幡宮)というのは、ここでも何度か書きました。そうです、応神天皇を祭神とする神社ですね。そして、近くには前述したように応神天皇陵があります。

明治時代になり、神仏分離令によって野中寺と分けられましたが、戦後の1948年にまた野中寺の隣りに戻ってきました。さほど大きくない神社ですが、野中寺を訪れた際にはこちらにもお立ち寄りください。

野々上八幡神社

「野中寺」なんて読むの?

野中寺の最寄り駅は近鉄南大阪線の藤井寺駅です。大阪阿部野橋駅から準急に乗って約15分で着きます。ただし、駅から徒歩約20分とかなり遠くなっており、途中に仲哀天皇陵もあるので、歴史散歩のつもりでお出かけください。

そんなに歩くのはヤダ!という方は、藤井寺駅の南口から近鉄バスに乗り約10分、野々上バス停で下車してください(一部、野々上に行かないバスもあります)。野中寺はバス停からすぐです。

車利用の方は無料駐車場があります。しかし駐車場は狭く、また前述したように周辺道路は渋滞しているのでご注意ください。

おっと、忘れるところでした。みなさんは野中寺を「のなかでら」と読んでませんでしたか? それは誤りで、正しくは「やちゅうじ」と読みます。山号は青龍山で、宗派は弘法大師(空海)の高野山真言宗です。

では、意外に難読?の野中寺に、ぜひお越しください。

弘法大師を祀る大師堂

2017年4月28日

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