愛媛県愛南町・日本で唯一本物の「紫電改」

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「紫電改」という名を聞いたことがある人は多いと思いますが、実機が展示されている場所があります。それが愛媛県南宇和郡愛南町の「紫電改展示館」。世界に残されている紫電改は四機のみ。その一機が展示され、無料で見ることが出来ます。

紫電改とはどのような戦闘機か

そもそも紫電改には「改」の字が使われています。最初に開発されたのは「紫電」と呼ばれたもの。その紫電に改良が加えられたことから「紫電改」と呼ばれるようになります。当時、海軍においてもっとも優れた戦闘機と言われました。搭乗員からの評価も高く、零戦に劣らず、一部では優れているというものが多かったようです。

旧日本海軍局地戦闘機「紫電改」のデータによると全長9.34m、重量4.86t、主翼11.99m、時速620kmとなっています。

 海中から偶然の発見

「紫電改展示館」は馬瀬山頂公園内にある展示館ですが、どのような経緯でこちらに来たのでしょう。

昭和53年(1978年)11月、養殖イカダのアンカーを捜していた地元のダイバーにより偶然発見されたものです。場所は久良湾長崎鼻沖200mで、海底41mの地点となっています。翌年の7月になり、引き揚げられました。

発見された紫電改は旧第343海軍航空隊に配備されたもので、昭和20年の豊後水道上空で米軍機と交戦となった20機のうち、未帰還機となった6機のうちの1機とされます。その後、恒久平和のシンボルとしたいということから、この地に展示されることとなりました。

多くの展示品

「紫電改展示館」は見どころが多くあります。戦闘機の本体に関係する部品もさることながら、銃弾や細かな精密機器まであり、当時の技術の高さを窺い知ることが出来るでしょう。また、パイロットの写真もありますので、若くして命を落とした日本人の姿も印象深いものがあるのでは。

そして印象的な展示品は紫色のマフラーです。「ニッコリ笑えば必ず墜す」と書かれていますが、一番機に搭乗していたのが杉田庄一。これが撃墜王と呼ばれた彼の座右の銘でした。杉田は昭和20年(1945年)4月15日の戦闘で、20歳で戦死しています。

紫のマフラーは全部で38枚作られました。しかしながらその多くはパイロット共に失われ、現存するのは3枚のみ。展示されているものは3枚の内の1枚なのです。

お土産品はいかが

お土産品も豊富にありますので、来館の記念に購入してみてはいかがでしょうか。海軍力レーなど比較的有名なものから、キーホルダーやTシャツなど、豊富な種類から選ぶことが出来ます。

世界に四機しかなく三機はアメリカにあります。残る一機は偶然、海底から発見されて現在に至っている貴重なもの。「紫電改展示館」で、日本の歴史の一部に触れてみて下さい。

愛南町公式ホームページ
http://www.town.ainan.ehime.jp/kanko/sightseeing/asobu/shidenkai-tenjikan.html

2017年6月22日

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