江戸、明治、昭和の有名人ゆかりの場所がいっぱい 歴史に彩られる東京品川区を歩く

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都内最大の高さの富士塚がある品川神社

旧東海道品川宿シリーズもいよいよ最終回。本日は、北品川から南品川に向けて歩きます。第一京浜国道を川崎方面に歩くと、右手に巨大な鳥居と丘が見えてきました。

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ここは、品川神社。

目黒川を挟んで北品川と南品川に分かけられるそうなんですよ。北の天王社が品川神社、南の天王社が先ほど行った荏原神社になるのだとか。もっとも今、荏原神社は目黒川の北にあるのですけど、昔は目黒川が北側を流れていたらしい。この辺りの薀蓄は、ブラタモリのネタになりそう。

それはともかく、品川神社の見所は、立派な鳥居や包丁塚などの石碑、板垣退助の墓、荘厳な境内などいろいろあります。

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しかし、なんと言っても正面左手の巨大な丘ですね。先日、テレビ東京の「モヤモヤさまぁ〜ず2」を見ていたら、さまぁ〜ずの二人がフーフー言いながら上っていました。

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この巨大な丘は、富士塚という人工物。江戸時代、江戸庶民の間に富士山信仰が爆発的に広がったそうなんですよ。だけど、モノホンの富士山に登るのは、当時は大変だった。今も、でしょうけど…。

そこで、身近な場所にミニ富士山を築造して、誰でも富士参拝が出来るようにしたのですね。関東の富士塚をいろいろ眺めたり、登ったりしている私ですが、こちらの富士塚はトップクラスの規模を誇りますな。品川富士とも呼ばれ、小学生時代社会科見学でここを訪れたときは、品川でもっとも高い場所と聞いたことがあります。

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さっそく小学校以来の品川富士登山をしてみることにしました。モノホンの富士山に登ったことはないけれど、岩場があって道が細くて急で、なかなか険しい。テレビや本で見た富士登山もこんな感じでしょうか。

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ちゃんと、一合目、二合目、三合目、四合目…という表示があって、達成感が次第に高められていきます。

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なんとか遭難せず頂上に到着。

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隣にビルはあるし、目の前には京浜急行の高架、それに国道の車の騒音もあるけれど、まあまあの眺めでした。作られたときは、目の前に海が広がって雄大な景色だったのでしょうね。でも、岩場になっている崖から、真下の第一京浜国道を覗くと足がすくみました。

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急な岩場を降り、品川神社にお参りします。

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この神社は、1187年、源頼朝が安房国の洲崎神社から天比理乃咩命を勧請して祀ったのが始まりと伝えられておりまる。昭和50年には、神田明神や根津神社など東京の有名な神社として「東京十社」に列しているらしい。

肉食恐竜がゴジラ歩きする公園

品川神社とは関係ないらしいですが、境内の隣に、明治の元勲・板垣退助の墓がありました。私たちの世代では、百円札の肖像になった人物としても有名ですね。

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沢庵和尚で有名な東海寺を左手に見ながら進むと、恐竜の遊具のある子供の森公園がありました。ここは、品川区立子供の森公園。

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肉食恐竜が、前傾姿勢をとらないで、ゴジラ歩きをしている。いくらペンキを塗って新しく見せても、遊具が作られた時期がわかりますな。

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そんな、ひねくれた大人のつぶやきをスルーして、子供たちは純粋な気持ちで恐竜と遊んでいるのでした。

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新幹線と在来線に囲まれた有名人がたくさん眠る墓地

山手線や京浜東北、東海道線などが走るJRのガードをくぐり、線路際を進むと東海寺の墓地があります。そこにあるのは、沢庵和尚の墓。

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大きな漬物石のような自然石が置かれているのは、さすが沢庵漬け考案したと伝えられている人ならではのパフォーマンスでしょうか。私だったら、自分が漬けられているような気分になるかも。

近くには、歴史の教科書で有名な賀茂真淵の墓もありました。

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それにしてもこの墓地。右も左もJRの線路に挟まれているんですよ。ひっきりなしに電車が走って、お墓の中の方たちは安らかに眠れるのだろうかと少し心配になりました。

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もっとも鉄道ヲタクだったら、こんな一等地のお墓はないのでしょうけど。…と思ったら、鉄道の父といわれた井上勝の墓があるのは納得。

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新幹線がびゅんびゅん行き過ぎる場所は、日本の鉄道の父にとって、鉄道の行く末を見守るには最高のロケーションかもしれませぬ。

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井上勝のお墓の正面に、溢れんばかりの花で彩られたお墓がありました。このフレッシュな花は、最近、多くの人たちがお参りしたのを物語っています。以前来たときは、なかったので、最近できたお墓でしょうね。

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墓石には大きく「こころ」と書かれている。一体、誰のお墓?と後ろにまわって俗名を見れば、人気の程が納得できました。

島倉千代子さんのお墓でしたか。ネットで調べてみると、このお墓は、ピアノをかたどったデザインで、材質は黒御影石とのこと。

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ネットでは、この墓は来年で歌手生活60周年を迎えるのを前に、ファンとの触れ合いの場として建設されたものだと書かれていました。生前、自身のブログで「ファンの皆さまを勇気づけられるモニュメント」として作ったと書かれていたそうです。こうして、多くのファンに囲まれながら、この場所で眠っているのですね。新幹線の車窓からも見えると思うので、今度新幹線に乗ってこの場所を通ったらお参りしようと思いました。

東海寺の墓地から再び旧東海道に向かう道すがら、清光院というお寺があります。ちょっと立ち寄ってみたのですが、奥に立派な大名墓地が…。

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江戸幕府の譜代大名奥平家の墓ですか。10万石規模の大名家の墓の迫力に改めて驚かされました。

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新選組副長土方歳三ゆかりの宿屋があった

第一京浜国道を渡り、今度は川崎方面に向かって旧東海道を歩きます。朝から歩き続けているので、すでに3万歩を突破し、かなり疲れが…。江戸時代の旅人だったら、当時の歩いた距離から換算して、この程度は楽勝で歩いていたのでしょうね。しかも毎日歩き続けるのだからすごいなんてもんじゃありませぬ。私も負けじと、ひたすら旧東海道を南下しました。

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道沿いには、やはりいくつも由緒のありそうな寺が並んでいますね。京浜急行の青物横丁駅のそばまで来て、マンションの前に解説板があって、何気に眺めたんですよ。「幕府御用宿 釜屋跡?」

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それはともかく、あの新選組副長土方歳三様のお写真が…。解説板をよく読むと、慶応3年には幕末動乱の世相を反映して、連日のように幕府関係者が休んだり宿泊したりした記録が残っているそうですね。それで、歳さんも新選組の隊士を連れて釜屋を利用したのですか。しかも、慶応3年10月21日という日付までわかっているのだからすごい。

翌年には、鳥羽伏見の戦いに敗れた新選組隊士たちは、1月15日に品川に上陸し、しばらくここに滞在したらしい。今は瀟洒なマンションに変わっていますが、当時はどんな気持ちで歳さんがここを訪れたのだろうと思いました。

江戸六地蔵のひとつ巨大な地蔵菩薩があるお寺

釜屋跡の目の前にあるのが、品川寺。

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品川でもっとも古い寺で、開創がなんと大同年間(806年~810年)とか。入り口近くにある巨大な地蔵菩薩の座像が目を引きます。

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これは江戸六地蔵のひとつで、座高が2メートル75センチもあるらしい。東海道を歩いてきた土方歳三様もきっとこの地蔵菩薩に目を留めたのでしょうね。

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境内にある樹齢600年のイチョウの古木も目にしたかも。

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風雲急を告げる世相でしたから、歳さんは、きっとイケメンの顔をきりっと引き締めて日本の将来を憂いつつ、見上げたのでしょう。それに対して、「大きいっすね~と」ただアホ面で見上げる私との差を歴然と感じる今日この頃でした。

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2016年2月3日

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