リレー徘徊1:太閤さんと瓢箪山稲荷神社【東大阪市】

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今迄、キョロキョロウロウロした場所で「あれ?」と思った言葉、人名、地名等々をキーワードに徘徊地を繋いでみようと思いました。まずは、私の育った東大阪市の瓢箪山稲荷神社を出発点に展開して行こうと思ってますが、はたして最後はどうなる?…書いている本人もわかりません。おつきあいのほど、よろしくでありあます。

近鉄瓢箪山駅

瓢箪山という駅名は、駅前にある「瓢箪山稲荷」から来ています。昔の集落の中心は山手側、弥生時代の集落跡がある山麓部に散開しています。駅前の商店街は「旧東高野街道(旧国道170号線)」、弥生時代このあたりが海岸線で、街道から西側が緩やかな斜面(海岸段丘)になっています。南北朝時代、名将・楠木正成の息子・楠木正行が、往生院六萬寺で陣をはり自害した地でもあります。

商店街を抜けた場所に大きな石の鳥居がありここからが参道になります。

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参道

聞く所によると花街もあったとかで最近まで、旅館風の建物が残っていましたが、今はマンションや駐車場になってしまい昔の面影はありません。参道に入り振り返り大鳥居を見上げると奉納された方の名前「大阪市天王寺區松ヶ鼻街・炭問屋・白井浅吉」が大きく刻まれています。

こんな立派な鳥居を奉納できたなんて、炭問屋は儲かったやなぁ〜と感心しつつ足下に小さな石の太鼓橋、橋の名前は「太閤橋」、なんで太閤さん(豊臣秀吉)? 実は、このお稲荷さん、太閤さんゆかりの神社なんですね。

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瓢箪山稲荷神社

神社の創建は天正11年(1584年)、豊臣秀吉が大坂城築城の時、巽の方(大坂城の南東)三里の地に鎮護神として京都・伏見桃山城から「ふくべ稲荷」を勧請して創られました。で、ふくべとは「瓢箪」のこと、更に秀吉と瓢箪の関わりを調べてみると、稲葉山城落城(1567年)の功があった秀吉に織田信長が瓢箪を馬印にすることを許したことが始まり、戦に勝つ度に馬印の瓢箪を増やしていったとか。そのため、彼の馬印のことを「千成瓢箪」と呼び、うー、なんか瓢箪山稲荷の名前の由来を調べ出したら奥が深そうですね。

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ふたつの古墳

地元では、神社名の由来は、本殿後ろの丘が瓢箪を半分に切った形であるからと言われていますが、先程の秀吉と瓢箪の関係を考えると事はもうちょっと複雑かもしれません。この丘、向かって左を「大塚」右を「鬼塚」といい実は古墳なんですね。今も本殿の左すぐに石室が残っています。

子供の頃は「白い狐が昔ここにいた」と言われていました。南側にあるもうひとつの石室は潰れて今は見る事ができません。この周辺は古墳の多い場所で、興味のある方は山畑古墳群内にある「東大阪市立郷土博物館」か、縄手中学校に隣接する「発掘ふれあい館(東大阪市立埋蔵文化財センター)」に行かれてはいかがでしょうか?

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辻占

さて、このお稲荷さん、辻占総本社として有名です。辻占は、通りすがりの人の性別・服装・持物、同行の人の有無、その人が向かった方角などを記録し吉凶を宮司が判断する占いです。占い場所は東参道にあります。

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ユニークなおみくじセット

辻占の他に3種類のおみくじがセットになった「やきぬき おみくじ あぶりだし(金瓢守付きもあり)」これがなかなかユニーク、さてさて、占いの的中度は…?

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気になる奉納者名のある玉垣

お参りが住んだら奉納されたモノをじっくり見る事をお勧めします。お稲荷さんなので狛狐を見ると愉しいですね。手洗い舎は石造りのお狐様、参門前には青銅製のお狐さん、神殿奥には逆立ちする狐さんなど面白いですよ。東参道に並んでいる奉納者名を刻んだ玉垣を見ていたらおや?と思ったのがひとつ「西宮裏町・六馬樓・六馬仁衛」と刻まれていました。さて、いかなる人物なんでしょうか?次回は西宮へ〜♪

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2016年1月15日

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