リレー徘徊41:妙心寺の2つの庭

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前回でご案内した仁和寺から歩いて10分ほどで着く妙心寺、広大な境内に46もの塔頭(たっちゅう/大寺院の境内にある個別の寺院で、元来は高僧の墓のこと)がある国内最大の禅寺です。通年公開されている塔頭の4つ庭のうち、自然の地形を活かした「桂春院(けいしゅんいん)」と白い砂が美しい枯山水の「大心院」に2つをご案内します。ちなみに世界的に枯山水で超有名な「龍安寺(りゅうあんじ)」も妙心寺の塔頭のひとつなんですよ。

正法山妙心寺概要

1337年、95代の花園法皇の勅願によって創建された臨済宗妙心寺派大本山の禅寺です。アクセスは、北門から入る場合は嵐電・妙心寺駅下車超便利、南門からの場合は、JR花園駅下車徒歩か、市バスと京都バスで直下まで来る事ができます。ちなみに境内を観るだけなら無料です。下記の写真は南門です。

南門から入るとメインの三門、仏殿、法堂が直ぐです。そうそう、撮影禁止で写真をお見せできないんですが、法堂鏡天井には、8年かけて描かれた狩野探幽作の「雲龍図」があり迫力満点で凄いです!!是非、ご覧ください!!

こちらは北門。

南門の向こうに見えるのが衣笠山です。

塔頭玄関先の前庭を観て境内をぶらぶらするのもGOOD〜♪

なんせ46もの塔頭があるんで、各々で景色が違っています。

桂春院(けいしゅんいん)

慶長3年(1598年)に織田信長の長男・信忠の次男・秀則が、心華霊明禅師・水庵宗掬(すいあんそうきく)和尚を開祖として見性院(けんしょういん)を創建。彼の死後、美濃の豪族・石河貞政(いしこさだまさ)が、寛永9年(1632年)に父の50年忌のに桂南守仙(けいなんしゅせん)和尚を招いて方丈、庫裏、書院、茶室等を設けて建物を整備し、彼の父の法名「天仙守桂大禅定門」・母の法名「裳陰妙春大姉」から1文字ずつをとり「桂春院」としたそうな。方丈(本堂/京都府指定有形文化財)は、寛永8年(1631年)に建立。襖絵は、狩野山楽の弟子である狩野山雪作。既白庵(きはくあん/茶室)は、石河貞政が寛永8年に城主だった琵琶湖の北、長浜城から書院ともに移築したものだそうな。

庭園

江戸時代作庭の4つの庭で構成されています。まずは、入って直ぐ、方丈北側の枯山水威風の壺庭「清浄の庭」、紀州の石を用いての枯滝が配されています。続いて書院から茶室の既白庵へと通じる露地庭「侘(わび)の庭」で、梅軒門と猿戸によって内露地と外露地に分けられ、苔に覆われた蹲踞(つくばい/茶室の露地に低く置かれた石製の手水鉢 )が、そっとさりげなく置かれています。方丈の東側に広がるのは「庭思惟(しい)の庭」で、梅軒門より飛石が延び、露地風の趣きがあります。方丈南側は「真如(しんにょ)の庭」、大きな高低差を利用した広い庭になっています。

庭の各所は一面杉苔に覆われています。

さりげない小物の配置にも風情がありますね〜♪

梅軒門からの伸びる飛び石のある高低差を活かした奥行きのある風景。

茶礼(されい/禅宗における飲茶の礼法のこと)をしながら真如の庭を観ます。

庭に降りて方丈を観るものいいですよ〜♪

大心院

細川政元(ほそかわまさもと)が文明11年(1479年)に建立、その後、妙心寺内に移築された塔頭です。この塔頭、宿泊できます。電話(075−461ー5714)をかけるか、往復葉書かで予約が必要です。この塔頭では「南庭(だんてい)」「坪庭」「阿吽庭(あうんてい)」の3つの庭を楽しめます。

明るい南庭です。

阿吽庭の正式名称は「方丈東庭」、昭和40年(1965年)に中根金作氏(昭和の小堀遠州と称えられた日本の造園家、作庭家)によって作庭された砂紋の描かれた白砂、曲線的な苔地、石組みなど枯山水の基本構成にのっとって造られたそうです。こじんまりとまとまった枯山水の庭ですね。次回は、妙心寺の北にある等持院界隈をご案内します。

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