リレー徘徊63:野辺の芸術・猪名川町3<観光編>

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猪名川町の名所を町役場を起点と多田銀山起点でピックアップして紹介します。移動は主に路面バス&徒歩になりますが、各施設には駐車場がありますので、車で移動する場合は事前に確認の上、訪問された方がよいかと思います。ワタシ的には、坂も少ないコースなので、自転車での移動が最適とかと思いますね。上の写真は猪名川町のマスコットキャラクター「いなぼう」です。

猪名川町立静思館(せいしかん)

猪名川町役場の南となりにある茅葺きの建物は、美術商・冨田熊作氏(1872生-1953没)が、出身地である猪名川町の上野に昭和7年から3年をかけて建てた旧冨田住宅です。町に寄贈されてから「深い緑と清々しい空気に恵まれた自然環境のなかで、来館者に憩いと静思の場を提供する建物である」ことから「静思館」という名付けられました。

全国から良材を集め、江戸時代の豪農屋敷をイメージして京都の棟梁によって建てられたそうで、主屋は、茅葺き屋根に総桧造り、4つの土蔵に、立派な表門〜とても大きな屋敷です。

大きな表門を抜けると玄関が見えて来ます。

屋敷内には、和室が7室と離れの内庭に茶室もあります

外国の方の為に近代的な設備も設けてあって、下記は水洗トイレのタンクなんだとか

でも、座敷に「言わザル・聞かザル・見ザル」の人形が〜♪

【観覧費】無料【開館時間】午前9時30分~午後4時30分
【休館日】月曜日、月曜日が祝日の場合はその翌日、12月29日~1月3日
【アクセス】日生中央駅から阪急バス上野下車/阪急バス川西能勢口駅→阪急バス上野下車
【電話】072-766-0013

上野素盞鳴神社の鉄の狛犬

静思館横にある神社です。神功皇后(リレー徘徊17参照)が、三韓を征せられた帰途、この地で難を避けたことから筌野宮大神(うえのみやおおかみ)を祭ったのが始まりとか。元和元(1615)年の大阪夏の陣で、豊臣秀吉の直轄領である多田銀山周辺も戦場となり、社殿が焼失、明治19年に今の場所に再建されたそうです。

この神社の見物は参道の真っ赤に錆びた鋳鉄の狛犬です。この狛犬、静思館を建てた冨田熊作氏の寄贈によるもので、台座に「大清順治15年(1658年)/内官監鋳匠田大有作」と記されています。今から350年前の中国で作られた狛犬なんですね。

日本の狛犬と随分と表情が違っています〜♪

背中〜鈴の紐が後で蝶々結びになってます〜♪

神殿前の中華デザインの狛犬

参道の鉄の狛犬同様、胸に鈴をつけています

奉納年月日が入っていませんが
参道の狛犬を寄贈した冨田氏によるものかもね〜

国史跡「多田銀銅山遺跡」

銀銅鉱石の採掘から製錬を行った遺跡で、平安時代末期に採掘開始され、昭和48年(1973年)に閉山されました。東大寺の大仏鋳造用にも使用されたと言われています。天正年間に豊臣秀吉の直轄領となり、寛文元年(1661)には江戸幕府の直山に。明治になると三菱が運営管理、昭和19年(1944年)に日本鉱業に移って閉山まで操業を続けたそうです。今でも代官所などの施設の遺構、間歩(まぶ)などの採掘遺構、焼窯などの製錬関係の遺構が状態で残っています。

銀山地区(旧銀山町)には、この鉱山の歴史を中心に紹介する施設「多田銀銅山悠久の館(入館無料)」があります。ボランティアの方々が、銀山の歴史を丁寧に説明してくれます。悠久の里の駐車場には、明治時代に造られた堀家製錬所跡の6基のレンガ構造物があります。

青木間歩(あおきまぶ)

坑道を「間歩(まぶ)」と呼びます。青木間歩は多田銀銅山遺跡の中で唯一内部を見る事ができる坑道跡です。さまざまな掘り方(手掘りの露頭掘り・坑道掘り・削岩機などの機械掘り)を見ることができます。場所は、多田銀銅山悠久の館から北西方向に550m、徒歩15分ほどで、見学時間 9時~17時 で照明設備&ヘルメットもありです。

金山彦神社にお参りして…

階段を上ると本殿が見えて来ます

神社を抜け、ちょっと下って登ると間歩の入口が見えて来ます

間歩内部です
青木間歩の他に「大露頭・台所間歩・瓢箪間歩」等の遺構を見る事ができます

2017年6月28日

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