国会周辺から赤坂・乃木坂周辺の観光スポットを巡る旅 東京都千代田区・港区を歩く

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素晴らしい景観の国会前庭・和式庭園

今回も、東京都心周辺の観光スポットを巡ります。法務省の法務史料展示室を見たあと向かったのは、国会議事堂方面。

裁判所合同庁舎を左手に見ながら歩き、外務省と財務省を隔てる潮見坂を上ると国会前庭の和式庭園。ここは何度か来たことがありますが、こんなに美しい庭園があったとは記憶にありませんでした。

国会前庭公園は、洋式庭園の北地区と、和式庭園の南地区からなるそうな。衆議院が管理している国有地なのですか。

ここは南地区で、江戸時代は九鬼家の屋敷だったらしい。明治時代以降は有栖川宮邸を経て、霞ヶ関離宮だった場所。大名庭園や宮家の庭園があったところなのですね。これは失礼しました。

それにしても、この石の配置と言い、苔の生え具合と言い、第一級の回遊式庭園なのは間違いありませぬ。

無料で見学できて、得した気分になりました。さすが、衆議院が管理している庭園だけあって整備も行き届いておりまするな。

昔は高さが注目を集めた国会議事堂

南地区の庭園から、広い通りに出ると、国会議事堂が正面に見えます。警官から注目を集めたので、写真が少しぶれてしまいましたが…。

現在の建物は、昭和11年に帝国議会議事堂として建設されたらしい。正面に向かって左側が衆議院、右側が参議院なのですか。

中央塔の高さは、65.45mで、昔はかなり高いというイメージでしたけど、東京にビルがどんどん建つご時勢ではその高さに触れる人はいなくなってしまったような。国会議員の後援会の人たちを乗せたバスが何台も道に止まっていました。

幕末、井伊大老が住んでいた場所に立つ憲政記念館

通りを渡って、今度は国会前庭の北地区へと足を踏み入れます。ここは江戸時代、この場所は彦根藩井伊家の上屋敷があったそうで、大老・井伊直弼もここに住んでいたそうですね。

その前は、加藤清正の屋敷があったらしい。庭園の中心には、三権分立を象徴するとされる時計塔が建っていました。

洋式庭園の先にあるのが、憲政記念館。

ここは最初、昭和35年に、憲政の功労者・尾崎行雄を記念して尾崎記念会館が建設されたらしい。その後、衆議院に寄贈され、昭和45年に、我が国の議会開設80周年を記念して記念館が作られたのですね。

正面には、その尾崎行雄の像がありました。

中には、国会の組織や運営などの資料が多数展示してあります。憲政というと固いイメージですが、映像資料やシアター、立体ビジョンコーナーもあって、飽きずに眺めることができました。

歴代の総理大臣の色紙が並んでいる。

私が興味深かったのが、議場体験コーナー。テレビの国会中継でよく見る議員の机と椅子が並んでいて、プチ議員体験が味わえるのですよ。

ここにある議員の椅子は、原寸大なのだとか。あまりにも狭い。リクライニングじゃないし、結構硬い。長時間座ったら、腰が痛くなりそう。

ちょっとした映画館の椅子のほうが遥かに快適ですな。こんな椅子に座りたくて、皆必死に選挙を戦うのだろうかと思ってしまいました。

江戸城の遺構を今に伝える赤坂見附と弁慶掘

憲政記念館を出て、国会図書館の前を通り、赤坂へと向かいます。

今は赤坂見附といえば、地下鉄の駅やオシャレな街のイメージですね。しかし、見附とは本来、城の外郭に位置して、外敵の侵攻や侵入を発見するために作られた城門のこと。

なんと、そのルーツとなる城門の石垣が残っているとは知りませんでした。

そして、赤坂見附の近くにあるのが弁慶堀。桜の時期にはよくテレビで紹介されていますが、都心のボート乗り場としても有名ですね。

行った日は寒かったので、ボートに乗っている人はあまりいませんでした。ここは釣堀でもあるらしく、以前、大きな魚を釣り上げていた人がいましたね。

上を見ると、ゴージャスな高層ホテル。日本一贅沢な釣堀かもしれませぬ。

江戸城の鎮守として将軍家から崇拝された日枝神社

外堀通りを少し行くと、左手の丘は日枝神社。

赤い鳥居のトンネルを歩いて本殿に参拝します。

ここは江戸城の鎮守として歴代の将軍から崇拝されていたらしい。

宝物殿には、将軍から奉納された国宝、重要文化財の太刀が展示されていました。ちなみにここも無料ですよ。

先ほどは稲荷参道からお参りしたので、今度は表参道から出ることにします。急な階段がありますが、都会の神社だけあってエスカレーターも設置されているのですな。

桜と坂にちなんだネーミングの赤坂サカス

赤坂通りを歩き、赤坂サカスへ。それにしても、「赤坂サカス」なんて珍しいネーミング。

ここに来るまで少し迷ったので、「赤坂探す」がその由来かと思いましたが、やっぱし違ったのでした。

調べてみると、赤坂サカスの『サカス』は、桜を咲かすという意味であると同時に、赤坂にたくさんある坂=坂s=『サカス』の意味もあるのだとか。

TBSテレビの本社ビルとリニューアルオープンした赤坂BLITZタワーと赤坂ACTシアターで作った「街」なのですな。

乃木大将の人柄を今に伝える乃木邸

赤坂サカスから最後に向かったのは、乃木坂。

乃木坂を検索したら、後ろに46という数字がついたページしか表示されない今日この頃。もちろん乃木坂46にちなんだ神社ではありませんので念のため。

ここはかつて、乃木大将の屋敷があった場所。

乃木大将は、明治から大正にかけて活躍した軍人、教育者。司馬遼太郎の「坂の上の雲」では、日露戦争における旅順攻囲戦の指揮の様子が詳細に書かれていましたね。軍人としては、真田幸村のようにはいかなかったみたいですが…。

今も残っている建物はログハウス風で、乃木大将がドイツ留学中見たフランスの連帯本部兵舎を自ら模して設計したらしい。

地下、地上2階建てで、それほど大きくなく、質素といっていいかも。

建物の近くには、有名な「乃木将軍と辻占売少年像」がありました。

解説板によると、乃木が金沢に出張の際、一家の生計を支えるために辻占いをしていた8歳の少年の姿に感銘し、少年を激励するために金二円を手渡したというエピソードが書かれていました。清廉潔白で、やさしい人だったと言われていますね。

実はここは、大正元年、明治天皇に殉じて乃木将軍夫妻が自刃した場所でもあるのですよ。窓越しに自刃した部屋が見えます。

ほかにも、敷地内にはレンガ造りの厩も残されていました。解説板には、旅順開城後にステッセルから贈られた愛馬「壽号」の厩舎だそうな。乃木大将は馬を大切にした人としても知られています。

殉死した将軍を祀った乃木神社 

乃木邸の裏にあるのが乃木神社。

ここは、明治天皇崩御の際に殉死した乃木希典夫妻を祀った神社なのですね。

社殿が比較的新しいのは、昭和20年の空襲で本殿などが焼失し、昭和37年に再興されたからですか。

拝殿の右手に展示室があり、乃木の書幅や自刃の際に使用した刀などが展示されています。軍人というより、農家の好々爺のような風貌に乃木の人柄を感じました。

2017年4月11日

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